in my head

This blog is recording for process of my artworks and my ordinary days.

My ordinary days:006

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このブログに辿り着いた人の大半は興味がないかもしれませんが、今回は日々というより自分のことを書いてみようかと思います。
子供の頃から、絵を描いたり、工作したり、分解したりが好きで、高校から建築・インテリア関連の勉強を始めました。

高校の授業では、製図の描き方から平面構成、CADやCG(といっていいのか…?モデリング含め)、材料・インテリアの勉強から、実際に木工作業をして家具を製作する…など今のスキルの大元となる部分をまるっと獲得させてもらいました。さらにそこで実際に家具を製作したりも勿論楽しいけれど、PCを使った作業(デザインにしろCADにしろPhotoshop, Illustratorもここで触ったのが初)が楽しい!ずっとやってたい!という体験を得ることができました。
そのあと大学へ進学し専攻は建築。バイトや卒業後の就職でも設計事務所やら大手ゼネコンなどで働いたりしていました。就職を決める時も意匠(デザイン)の方というより、設備(電気、空調、給排水衛生)あたりの方が楽しいなという。中々マイナな感じでしたが、CADとか使いながら仕事が出来ていたので比較的希望に沿った所にいることができました。
※ただ一番興味があったのが「保存修復学」という分野で、絵画の世界では有名かもしれませんが、教会建築などの保存と修復のための手法や技法などを学ぶ分野で…ちょっと脱線すると、この分野で面白いと思う所は「いつの時点をオリジナルと定義するか」で、少し哲学的でもあるんですが、ある作品が完成した時を「オリジナル」と設定し、保存・復元すべきなのか、その作品が経てきた歴史も含めてある時点を「オリジナル」と定めるのか…という箇所で…
もっと手法的・技法的な所に面白み感じでないのか?!と言われるとそうではないですが、何を大事に考え、残すべきなのか、それらをどうやって残していくのかなどにとても興味を持った記憶があります。

さてさて、保存修復学と出会ったのは大学の講義でした。
が、上に書いた通り就職出来ているので、保存修復学を職業にはしませんでした。主には金銭的な部分ですが、当時大規模な修繕作業が必要だと言われていたサグラダファミリアなどの修復師になりたい!と思ってもボランティアが多かったり、「建築の」修復師にどうやってなるのかがその当時は見つけられなかったというのもあります。(絵画の方は沢山見つかったのですが)

そこから、数年従事した建設系の会社を辞め、グラフィックデザインの方へ戻りました。高校生の時にもデザインの仕事をしていたのもあり、フリーランスで活動を始めました。ただ、フリーランスでデザインのみ!というのではなかなか仕事を受注することも難しく(webサイト作ってなどの依頼は多かった)他のスキルが必要となりました。コーディングに関して、仕事に出来るほどの技能は持っていなかったのと、そこに時間や労力を費やして…と考えると現実的ではなかったので、渉外や営業っぽい作業、他にも色々なことを仕事で扱うようにした結果、今では何でも屋的な立ち位置になっています。

得て来た経験なりは、今まで色々な方々・企業さんと業務委託契約やら、外注として単発のお仕事だったり、契約社員として働いて来たので、グラフィックデザインだけでなく、CGのモーションの編集だったり(Motion Captureのオペレーションやその後の編集)、映像撮影カメラマン、パッケージのデザイン、イベント・カンファレンスでのカメラマン(静止画)撮影やその後の広報。むしろイベント運営事務局のお仕事、その他スケジュール管理、電子工作・組み込み系のイベント運営などなど…ほんと幅ひろ〜く経験させてもらいました。
そのせいか何故かコンサル的なことや、人・仕事の紹介、斡旋なども回ってくるのですがとても心が消耗するので今はお断りしています。

幅広い経験などをまるっと全部活かしきれる場所なんて中々無い事は重々承知していて。でも、色んな場所や業界で働いてきて、働き方として考えてみると、会社に属して仕事をするのはあまり性に合わないのだな、と最近改めて実感しています。なので、今も次のお仕事を探してみたり、どうゆう事が自分には出来るのか、強みとなるのかを改めて振り返りながら、少しでも能力を活かせる場所、仕事ができたら(受けるだけでなく作っていくのもあり)いいな。と感じています。

そして今までも常々、日本脱出を目論んで来ていたので、そろそろ本格的に脱出に向けて動きたい!
がんばるぞー!という緩やかな意思表明をしたところで
私の今までの日々はおしまい!
ではでは〜